いもいもなにいも

おいものなんでもない日

きらめくロングトーン

 

私がaikoに人生を捧げまくっているのは身近な人ならよくわかっていることだが、そもそも一番最初にカーステでアルバム「桜の木の下」を流して5歳だか6歳だかの私に稲妻を落とした張本人である父親にもドン引きされつつある。父は家庭内でいろいろ起こるまで&起こすまでは良き父であり趣味の合う友人だったので、今でも日程の合うライブはたまに連れて行く。

盛大に話が逸れたけど、まあいろいろあったりなかったりしてこないだ父とライブ行ってグッズ列並んでる時に

父「〜〜っていつの曲だっけ」

私「2003年」

父「◯◯だったライブっていつ?」

私「確か2006年、ドラムは◯◯さん」

などと気持ち悪いオタクをまるで隠しもせず会話をしていたら、そんなに覚えていたら人生とオーバーラップして聴くのが辛くなる曲もあるんじゃないか、的なことを訊かれて目からウロコだった。同時にそんなデリケートな質問を娘にするなよと動揺もした。「父親がよその女と観に来てたのを知らずに自分も当時の彼氏と行ってたライブのDVDはちょっと気軽に観れないね」とか答えられたらどうするつもりだったんだ。別に今は普通に観るしそんな地獄みたいなこと言わないけど。

確かに思い出深い曲やライブはいくつもあるし、リリース時の記憶が深く残ってる曲もたくさんある。ほぼラブソングだからその時々の恋愛とかもまあ思い出す。でも恋愛とか実際にはよくわかってなかった頃から聴いてるし、(ほかのアーティストの特定の曲はコンディションによってはカサブタほじくり返しそうで無理なこともあるけど)aikoの曲は人生と共にありすぎてもはや傷口にならないな……と思った。

その場では「(aikoが)人生のベースにあるからそういう次元ではない…思い入れのある曲はあるけどそれはたぶん今後の人生でまた変わる……」とうわごとのようにしか答えられなかったけど、父はなんか納得していた。

 

ひとつひとつの曲についてめちゃくちゃ語れるほど感情移入もするし聴きこんだ時期のことも覚えてるしライブで聴いた時の感覚も忘れないけど、それ込みで"その曲"と認識している。だから他のオタクと語らいたい欲求が皆無なんだと思う。わたしのかんがえるさいきょうの「(曲名)」。

いやほんとに、aikoの曲は要素が多過ぎて聴いてもらうしかないんですよ。聴いてください。ながら聴きだと良さが伝わりづらいんで一人で寝る前にイヤホンして聴いてください(過激派)。

 

肝心のライブは花道脇の2列目で、人圧で死にかけましたけど最高でした。aikoが!ペットボトル持って撒いた!水が!かかった!!!!MP全回復するやつ!!!!!!!!!

終演後のHPは1。

もうライブに行きたい………。

 

aikoについて語ろうとして結局何も語れず謎の興奮だけして疲れきって終わるやつ何千回やったら気がすむんだろうな。

ほぼ基礎の喜怒哀楽しかないところからaikoで感情のチャンネルを増やしてきた人間だから、aikoに言及するとついチューニングがぴったり合いすぎてブチ上がっちゃうんですよね。レジェンド推しがいる人生たのしい。