いもいもなにいも

おいものなんでもない日

横目に咲く

 

前の職場の退職前、一月の中旬ごろ。春節発売厳守のインバウンド向けクソダサセット商品(箱に申し訳程度の和柄が入っているだけ)が大量に入荷した。その商品を店頭に並べるのとほぼ同時に新型ウイルスの流行が報道され、中国一部からの渡航も制限され、結局片手で足りるくらいの数しか売れなかった。商品そのもののポテンシャルもアレだったが、ひと棚丸々無駄になるわ棚卸し前なのにハケないわバラせないわ、対応数が減るのはまだしも売上にはかなりの打撃があった。私の担当は(かつての担当のコスメ類に比すると微々たるものだが)だいたいインバウンド需要がメインだったため、その月の報告書には軒並み「新型肺炎の影響によりインバウンド需要が低迷、……」などと書いた。そう書く以外に要因などなかった。すでに一部地域のお客様が減ったところで余裕ができるような仕事量でもなかったし、それ以前にはらわたを煮え繰り返して焦げ付かすような毎日だったので、まさに対岸の火事だった。

他職種よりも感染のリスクが高いのはわかっていたが、サラリーマンはお上の指示に逆らえない。取引先メーカーの営業さんたちはすぐにこちらの状況の確認をしてくれたが、企業の性質がクソなので「マスクはしても意味ないらしいけど不安ならしてもいいよ」などと、今からしたら鼻で笑ってしまうような対応の数々に終始した。営業さんたちもちょっと引いていた。「マスクしちゃダメなんですか?」「申請が必要だし嫌味言われるんですよ」「ええー…」である。ちなみにお客様にも言われた。たかだか数百円の買い物をしにきて何様のつもりか知らないが、それがお客様というものなのである。

そんな感じで、全く危機感がなかった。

やっとの思いで退職して、疲労が出て一時的に体調を崩したりしたものの、およそ3週間のモラトリアムを全力で満喫した。毎日世界の感染状況が報じられるが、(つよめの肺炎でしょ)としか感じていなかった。軽んじていた。病院にかかって、対処療法でも適切に処置を受ければ、もしも発症しても大丈夫だと。

 

それが今この事態である。

二ヶ月経ってもろくなフローチャートが見えてこないまま、重症化リスク対象の拡大、足りない病床、余裕のない医療現場、心ない報道、歯切れの悪い政治。去年花粉症シーズンの終わり頃に在庫を切らしてなんとなく大箱で買ったはずのマスクもそろそろなくなる。本当に自己免疫のみで立ち向かう時期がそこまできている。私にとってそれはレベル1でボス前ダンジョンに挑むのと同じことだ。たぶん、運が悪ければーーそもそも私は恒常的に人よりも運が悪いのだがーー、感染即重症化は免れない。22で一晩の急激なストレスに耐えられず帯状疱疹にかかるわ、25で慢性的なストレスと体質のコンボにより激化した生理痛に駅で倒れかけた女だぞ。むりです。

今いる職場がスーパーホワイトで入社一ヶ月に満たない私にもリモートワークの権限を付与してくれたおかげでひとまず明日は上司許可のもと遠隔操作での在宅作業ができるが、毎日というわけにはいかない。

 

引きこもりの素養がめちゃくちゃ高いので外出を控えるのはとくに抵抗もないけれど、旅行だってめちゃくちゃ好きなので期限のわからない自粛を続けるのはそれだけでも気が滅入る。

社会人になってはじめてゴールデンウィークにまとまった休みが得られる春だったが、あと一ヶ月では元どおり動き回れるはずもない。具体的に何か計画していたわけではないのがまだマシかもしれない。

 

見て見ぬふりをして、社会と自分の生活を都合よく分けて考えていたけれど、そうもいかなくなってきた。すると、どんどん不安になってくる。

でも、できることなど特にはない。

あらゆる分野で休日もなく稼働し続けてくれている人たちの邪魔にならないようにするだけだ。やはりサラリーマンなので、生きていくためには今のお上の指示にも従わなければならないが、今のお上はかなり信頼がおける、ともすれば自治体の指示に先駆けて対応してくれることすらあるので、そこは本当にありがたいことだと思う。でもこれが当たり前ではないことを、痛いほど知っている。

インフラ性の高いお店はともかく(長期間閉まると私も困ってしまうので狡いがこういう言い方をしています)、百貨店や雑貨屋は絶対に閉めたほうがいい。正常性バイアスの塊みたいなお客様が喜んでひまつぶしにやってくるだけだ。それで死ぬかもしれないのに。自分ではなく目の前の店員や、自分の家族が。でもおそらく、多くのお店はそうしない。なぜか?「お客様が来るから」と、ほとんどの管理職が答えるだろうが、店を開けてることそのものがヒトにも効く誘蛾灯になっているのだと知らないのだろう。知っているのならただの馬鹿だと思う。

 

今のこのどうしようもない不安な感じ、不安不安と言っていられないからつい茶化してしまう感じ、そうでなければ正気を保っていられない感じを、書き残しておこうと思った。

率直に、先週までの私は転職と転居に浮かれて完全に軽率で愚かであった(でも楽しかったことをくさすつもりはない。おかげで今正気でいられている)し、私以外の多くの人がそうであったかもしれない。でも、正すのに今さらなんてことはない。怖いから、ちゃんと怖がってきちんとできることをしよう。と、思う。

 

自分より怖がってる人みるとお化け屋敷やジェットコースターちょっと平気になりませんか?そういう感じにご利用ください。大丈夫、あなたよりも私の方がみっともなくビビっています。だから怖いって言ってもいいし、他の楽しいことを考えて気持ちを和らげてもいいよ。

次の春、嘘みたいに穏やかにお花見ができたらいいね。