いもいもなにいも

おいものなんでもない日

減らないリップ

 

1月の記憶、毎週末やって4週かかった桃鉄100年決戦の記憶しかない(休日の使い方としては素晴らしい部類に入ると思うが)。ダイス運とイベント運だけでは敏腕経営者にはなれないということがわかり、人生そのものもわりと(わりと?)運に任せてアクセルガン踏みしがちなところがあるので気をつけようと思った。一寸先の闇に「あ〜闇ありますね」ってノーガードで飛び込んでいくのをやめろ。

「◯◯よりマシ」という基準でセーフかどうかを判定していると、一時的に精神を宥めることはできるが、転がる石のように死ぬ。気をつけよう。そろそろいい大人なので。

桃鉄でガチ教訓を得る26歳になるはずではなかった。

やる相手をかなり選ぶゲーム(シリアスにならないように機嫌を取り合えるか、プレイスタイルが破天荒でもドン引きされないか、等)であることは実感したので巷で言われるような喧嘩誘発ゲーの側面も場合によってはあるなあと思った。今回は非常に楽しかったです。じゃなきゃ30年すぎたあたりで中断して年単位でなあなあになっていると思う。でもしばらくはいいかな。

 

 

少なくとも緊急事態宣言明けまではフルリモートだし、前後の工程次第で追われることもあるけど余裕で許容範囲の締切と量の仕事だし、会社が(処分する予定だったがもったいないので)抽選でくれたモニターのおかげで効率も上がったし、付き合い強制参加の飲み会(リモート含む)もないし、

かなり、本当にかなり恵まれている。去年の今頃の私が見たらストレートに僻む。そもそもあの頃はままならない世界全土を焼き尽くさんと怒りに燃えていたが。

 

生活の話が、これまでより一層デリケートなものになってきた気がする。実際に言うことも言われることもないが、それぞれに、「持っていない・欲しいもの」を持っている他人に向ける目が、細く、冷たくなっているような。

満たされる・発散する手段が制限されて、じっと部屋の中で、不安を取り除く"なにか"、あるいは楽しませてくれる"なにか"を探してインターネットをさまよう人が増えているように思うのは、まず自分がそうだからかもしれない。

旅行に行った気分を味わいたくて好きな土地のことを検索しても、うらやましい気持ちが募るばかりだ。

何をするにも今までとは違う種類の、モラルによく似た何かが後ろ髪をひっぱる。誰も、罪人に石を投げる権利のある者でいたいのだ。

人の移動って、よくも悪くもものすごい影響力があるんだと2021年にもなって肌で知る。あと、選ぶ結果が同じでも「選択肢が減る」こと自体がかなりストレスになることも。

旅行旅行言ってるけど、去年までより爆発的に増えた連休に対して経済状況は横ばいむしろ下降(残業が激減)してるので実際はそんなたくさん、どこにでも行けるわけじゃないんですよ。でも、行くか行かないかを選ぶことはできただろうということが、まだ慣れずにしんどい。

 

今まで暮らしていた世界、何年か後には「うわっそんな汚い世界だったの」ってなるのかな。窓から汚物捨ててた時代みたく。それもなんか恥ずかしいな。マスクの博物館はそのうちできそう。そしてきっとオープン当初は不謹慎だとしこたま叩かれるんだろう。