いもいもなにいも

おいものなんでもない日

ボトルメールの慟哭は過去

あしたは海を見に行く。午前中の歯医者でまた突然親知らずを抜かれなければ(ただ「次の虫歯の治療をします」とだけ言われており、ちょっと削るだけのところと親知らずが触れてるから抜いちゃおうと言われてるところがある。賭けだ)。

大好きな海岸がある。水が透き通って青く、きらきらと輝いて、波音は柔らかく軽やか。何ヶ月かにいっぺんは、どうしても行きたくなるのだ。一番最初に訪れた時は、まさか何年かあとに自分がその海に向かう路線沿いに住むことになるとは思っていなかった。職場と海の真ん中に、私の部屋のある駅がある。これもめぐりあわせか。ひとりで行くのははじめてだけれど、さすがにもうそんなに迷わずに行けるだろう。

近くのエリアを調べていたら、すごく好きそうなお店を見つけたので、入れるといいなと思っている。わたしは一人旅が結構うまい。たとえ一時間足らずでたどり着く町だとしても、知っている道を逸れたら異国と同じ。すべての景色が旅情をふくむ。ほんとうはもっとずっと遠く、見たことのない海辺へ行きたいけれど……まだそれが許される世界には戻らないようだから。

これだけ楽しみにしていて結局歯を引っこ抜かれたらウケるな。そうしたら上限ギリギリのロキソニンを飲んで安静にするしかない。それはそれで休息だが。

 

本当かどうか、私のつたない調べと英語を通して二次的にしか読み取れない言語力では判断がつかないが、美しい海をもつ街が戦場となりその海岸線に地雷が埋め込まれた、というニュースを見た。その海を愛し暮らしていた人たちは、今の大きな危機がもし去ったとしても、もうその足を無邪気に波に浸すことはできないのだ。そしてそのおぞましさを、文字通り対岸のものとだけ捉えるには、あまりにも常識はずれの世界になってしまった。

センシティブなニュースを眺め続けるには私の神経は細すぎる。息が詰まる。でも、知らないままでいるのも不安だ。

大人たちの望み通りに、13才の子供としてあまり関しないふりをしていたら、学校にいる間に姉の鬱が爆発して家の中がめちゃくちゃになっていたことがあった。普段この町にいるはずのない祖父母が授業中に私を呼びに学校へ来た。なにがおきたか端的に知らされた。姉は失敗した(そしてその後も何度も失敗した。今となっては、それが成功だった。)が、死のうとした。

それからあの頃は毎日、「帰宅したら姉が死んでいるかも」知れなかった。引きこもって希死念慮の強い姉、共働きの両親、(部活や生徒会にかまけてなるべく遅く帰ろうとしたがそれでも中学生には限界があるので結果的に)昼間だれもいない間に姉を襲った黒い嵐の名残を一番最初に見ることになる、私。帰るたびに、閉じた扉越しに呼吸や身じろぎの音が聞こえるか耳を澄ませた。洗ったばかりの包丁やぐちゃぐちゃの救急箱、茶色くなった包帯のゴミ、いろんなきれいごとの書かれた遺書を何度かに分けて目撃した。だけど誰も私に"何が起きているか"説明はしなかった。それどころじゃなかったと今ならわかるが。(とはいえ、まあ、13才がケアなしでグレずにそこをサバイブするのもかなり大変だったと思ってもらえると今更ながら救われる。あの頃は自分さえその異常さを理解していなかった。)

そのころから、「知ら(され)ないこと」に異常な忌避感がある。しんどいものから目を背けつづけていたり、おまえはこの蓋を開けなくていいよという言葉にただ従っていると、そのうち突然足元に底なしの穴が開くような気がして。

行けるうちに、行ける範囲で、行きたいところには行っておいたほうがいい。穴はいつだって、開く準備をしている。私の愛する海辺に、未来永劫、爆弾が埋め込まれない保証などないのだ。

 

あした海行こ〜たのしみ〜みたいな日記を書こうとしたはずなのになんで急に過去のもっともキツい記憶の反芻をしてしまったのか…………????????仕事のピークがようやく過ぎたっぽくて、疲れが出せるようになったのかも知れない。ともあれ、これを反芻してもオートでジブリ泣きを発動しなくなったのは、たしかに成長だ。もう人生は倍以上過ぎたものな。

 

というわけであすはまず歯医者の治療ガチャがすべてのルート分岐です。当たれ!ちょっと削るだけのあんま麻酔とか使わなくて時間かからないやつ。