いもいもなにいも

おいものなんでもない日

遠雷

 

・前回書いた展覧会チケットの余りは捌けました。おおよそ無事とは言えないかたちで…………。明日行きます。展覧会は、楽しみです。ずっと行きたかったし。

 

・血が繋がっているだけで愛せはしない人間たちになるべく会いたくない、ということが、どうしてこんなにままならないのだろう。昔は思っていたけれど(毎日思っていたともさ!)今は全員死んじまえとまでは思ってない、ただ距離を保ってくれと思ってなるたけ柔らかく意思表示をしているだけなのに。がんばれば、一泊旅行くらいまでなら連れて行けるくらいにはなったよ。かなり(精神的に)無理しているが。だのにおまえたちときたらふれあい禁止の札がかかった虎の檻に手を突っ込んできて噛まれたとけたたましく泣くのは何故?歴史上のどこをぶっ潰せばこの清く美しく迷惑な価値観をなかったことにできますか?血が繋がっていたらすなわち大切なんですか?絶対に?なんで?どこまで血が薄まればそうじゃなくなりますか?じゃあ血を紡ぐ気のない私は世界のゴミですか?そうかもしれないけど、でもお前には関係ねえだろ。ああ、怒りがハレーションを起こしてもうわけがわからない。踊り出しそうだ。

 

・こないだの斧投げはとても楽しかったけれど、注意事項を守り、確実に人がいない場所に、距離をとって、いいよと言われて投げるのでも、やはり毎回どこか怖さはあった。暴力性へなのか、自分のコントロールが信じられないからなのか、未知だからなのか、その全てなのかわからないが。「投げるために作られていない物を投げる」ことがこんなに怖いんだと。それが家で怒りに任せてできてしまう、私と血のつながったあの人間たちは、一体なんなんだ?それを許せ、認めろ、歩み寄れと言える人たちは、絵本でしか熊を知らずに熊出没注意の看板に眉を顰めているようなものなのではないか?本物の熊は白い貝殻のイヤリングなんかそっちのけでこちらの腹をさばくだろうよ。熊にも悪気なんかない。一揃いの食器のない食器棚を、ビデオテープの角で簡単に脛に穴があくことを、人が暴れて壁に穴があいたままのお下がりの部屋を、目覚めと同時に怒鳴り声に息を潜める朝を、知っていてそう言えるなら尊敬するよ。私にはできないから。うつくしい博愛!目に毒なほど。だから視界に入らないで。

 

・怒りと悲しみの風が凄すぎてとまらない。私が災害そのものになる。楽しかった記憶と楽しみな予定だけでギリギリ人間でいられているが、だいぶ手遅れだ。怒りで死ぬの面白すぎるけど教科書に載るような身分じゃないから無駄だし嫌だ。一般人の憤死、とりとめもなさすぎ。手足に力が入らない。あしたから三日間数時間ずつ、己の中の虎の牙を抑え続けなくてはならない。またしてもままならないことに、他人にはいくらでも笑顔で愛想良くなれるのに、血のつながった彼らの前では表情筋が5%くらいしか稼働せず、声量もひどいと2%くらいになる。もう怒鳴られたって首を絞められたって勝てるのに。置いていかれたって自分のアパートが別にあるのに。ああ、暴れられたら無理かも。体力はずっとないし。でもそれを恐れてるわけでもないのに。そして、ななめうしろから私が私を眺める。ずうっと。あーあ。

 

・この記事なに?いい大人のガチグズりだよ!!!!!!!!!助けてくれ!!!!!!まあまず無理だから遠巻きに豪雨を眺めてくれ!!!!!!ここはわたしの井戸だって言ってるでしょう。言ったよな。言ったと思う。だから、はらに抱えておけないものを力いっぱい吐き出しておいてもいいのだ。現実で血反吐吐くよりマシだろう。実際しんどいのはこの三連休(頑張ってインターバルを設けたからずっとではないが、逆にギュッとして全部一気に片すこともできない)なのに既に胃が異常に痛いので酒にも逃げられない。じんましんはもう出た。はやいよ!

 

レッサーパンダ揉みたい。ペンギン撫でたい。どっちも無理なので虚無顔でぬいぐるみ揉んでる。やわらかい。

 

・生き延びます。くやしいので。応援よろしくお願いします。でもさすがに来週倒れるかもしれません。倒れなかったらすげえ持ち堪えたなと思ってください。来週末はぜったい1人で過ごすし奇跡的に元気だったら好きな海岸に行くぞ……。